ルンアルンさんからの手紙(タイの元奨学生)

先日、民際センター・タイ事務所に元奨学生からお便りが届きました。

送り主は、ルンアルン・ドゥアンピムトンさん(30才)。現在は、生まれ育った村近くの会社で正社員として働いています。ダルニー奨学金の支援を受けていた時、ご支援者Y.N.様と文通をしていましたが、時間が経って連絡が取れなくなってしまいました。手紙には、ご支援に対する感謝の気持ち、当時の事、今までの生活や仕事の様子について書かれており、本人の写真も同封されていました。ルンアルンさんは、Y.N.様を母のように慕い、手紙の中では「日本のお母さん」と呼んでいます。

以下は支援者様に宛てた手紙です。

現在のルンアルンさん

日本のお母さん・Y.N.様(ご支援者様の名前が記載されています)、民際センターの皆様へ

お元気でお過ごしでしょうか。
私は、タイで元気に暮らしています。

今日は、支援して下さったお母さんと、この支援を取り持ってくれた民際センターの皆様にお礼を申し上げたくてお手紙を書きました。改めまして2002年からの中学校と2005年の高等学校教育を受ける機会を与えて下さり、本当にありがとうございました。お陰様で私は、その後故郷を離れ、専門学校に入学し無事卒業する事ができました。

当時、私の家族は、母、祖母との3人で、生活は非常に苦しく、母は日雇いの仕事を掛け持ちして何とか家族を養っていました。父は、私が3歳の頃、家族を捨て、間もなく再婚したので頼りにはできなかったのです。
その様な状況ですから、私は小学校を卒業したら働かなければならないと思っていました。ですが、ダルニー奨学金を受け取り、中学、高校に進学する事が出来たのです。

支援して頂いていたころ、朝は、学校へ行く前に路線バスの停留所で切符切りの仕事をし、休みの日もそのバス会社で雑用をして生活費を稼ぎました。母の負担を少しでも軽くしたかったのです。その中から、少しずつ、専門学校に行くための授業料を貯金しました。その頃から、卒業後は故郷で就職し、母を助けようと決めていました。

現在、私は民間企業の正社員として働いていて、今年で勤続10年になり、収入も充分で安定しています。私が今この様に恵まれた環境で働く事ができるのは、日本のお母さんのご支援があったからこそです。

日本のお母さん、いつも懐かしく想っています。お便りと一緒に桜の木の下に立つお写真を送って下さいましたね。私は、その写真を今でも大切にしています。私にこんなチャンスを与えて下さったその愛情と慈悲のお心を思うと感謝してもしきれません。

そして日本の民際センターの方々へ。ダルニー奨学金は、一人の子どもに希望を与え、自立し家族を支えるチャンスをくれました。この様な機会を下さいました事に深く感謝致します。皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

ルンアルン・ドゥアンピムトン

ルンアルンさんからのお手紙(原文)

職場でのルンアルンさんの様子

支援者様しています。

ルンアルンさんは、連絡がとれなくなった支援者Y.N.様にお会いして直接お礼を伝えたいと思っています。

彼女の意向を受け、民際センターでは、支援当時(2001~2008年頃)、神奈川県 相模原市南区にお住いのY.N.様にお手紙を書きましたが宛先不明で返送され、電話番号も現在は使われていませんでした。この記事を見てルンアルンさんをご支援頂いていましたN.Y.様ご本人、もしくは、N.Y.様にお心当たりのある方は是非民際センター(TEL: 03-6457-5782 受付時間 10:00~18:00(土日祝、年末年始除く)、Email:info@minsai.org)までご連絡下さい。どうぞ、宜しくお願い致します。

 

タイの締切3月31日です。

 

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