板倉ラオスの会様に贈られた子どもたちの絵

今回は、民際センターの支援者である板倉ラオスの会様に届いたラオスの子どもたちが描いた絵を紹介します。

板倉ラオスの会様は、群馬県邑楽郡板倉町で活動されており、代表の栗原容子様を中心に永年にわたってラオスの子どもたちを支援していただいています。
民際センターのタイ奨学金提供者が41名だった1988年、その内の7名が板倉町の方でした。そして、97年に民際センターがラオス支援を始め、さらにラオス学校建設事業をスタートすると、栗原様は、校舎を拠点に子どもたちや村の方々と交流できることに魅力を感じ「ラオスに小学校を創る会」を発足させ、板倉町内でミニ集会や茶話会などを何度も開き、各家庭に出向き、辛抱強く町の方にラオスにおける学校の必要性を説明し、寄付をお願いしました。

1996年に学校建設予定地の下見に出かけた視察旅行も含めてセコーン県パクトン村を町の方と何度も訪問し、子どもたちを支援しながら、村人や子どもたちと交流を重ねてきました。その結果、学校建設の寄付者は約500名に達し、1999年にパクトン小学校が完成しました。

セコーン県は、人口の大多数が少数民族で占められる山岳地帯にあり、ベトナムとの国境に沿いにある1980年年代にできた新しい県です。板倉ラオスの会様が、支援を始めたころは、県庁所在地のラーマンはジャングルを切り拓いて、碁盤の目のように区切られた道を作り、泊まるところは、ホテルとは言い難い宿が一軒あるのみでした。ラオスの中でも発達が遅れた貧しい地域で、外国人の訪問は、非常に珍しかったのです。多くの子どもたちは、世界地図など見たこともなく、日本がどこにあるかも知らない時代に完成した小学校は、県内における一番素晴らしい建物で、教育の普及に貢献するシンボルの様な存在でした。

その後も、板倉ラオスの会様は、栗原様を中心にパクトン小学校との交流を続け、今年(2020年)3月の訪問を予定し、準備を進めてきましたが、残念ながら新型コロナウイルスの影響で訪問を見送ることになりました。ラオスの子どもたちも、板倉ラオスの会様の訪問を心から楽しみにしていて、絵を描いて準備をしていました。絵には、それぞれにテーマがあり、小学校4年生は「学校の様子」、5年生は「家のお手伝い」。その絵が今回、栗原様宛に送られてきたのですが、ご本人様から「是非、ラオスの子どもたちの絵を皆様にご紹介いただきたい。」とお申し出をいただいたのです。

学校が建設されて今年で21年、当時、小学校に通っていた子は大人になり、その子どもたちは親が通った同じ建物の教室で勉強する・・・。子どもや親のみならず、村全体が、板倉ラオスの会様の訪問を心待ちにしていました。今回贈られてきたすべての絵には、その気持ちが込められています。学校建設後も、今日までダルニー奨学金を提供し、支援当初は小学校3年から5年で、村の子どもが小学校を卒業し、今は中学校の奨学金の支援をしていただき、村の発展に尽くす人材育成に大きく貢献していただいています。因みに、郵便制度が整っていない地域で、21年前には想像もしなかった日本へ絵を送る発想と行動が伴ったこと自体、隔世の感があると言えるでしう。

栗原様からは、「3月の訪問が、新型コロナウイルスの影響によりキャンセルになってしまい、もうしばらくはラオスに行くこともないだろうと思っていました。でも、思いがけなく贈っていただいた子どもたちの絵を見ていると、ラオスの子どもたち、村の方々、景色がとても懐かしく思い出され、やっぱりもう一度、仕切り直して、ラオス・セコーン県パクトン村の皆さんに会いに行きたいと強く思いました。」と優しく話してくださいました。

下は、贈られた絵です。

小学校4年生(テーマ:学校の様子)

 

 

 

 

 

 

 

小学校5年生(テーマ:家のお手伝い)

板倉ラオスの会様は、永くラオスの子どもたちに寄り添いながら支援を続けてくださっています。民際センターは、34年の間、約37,000名の支援者に支えられ、子どもたちの支援を続けてきました。「ダルニー奨学金」は、支援者様と子どもたち、そして、地域の人とのつながりを大切にして、メコン5ヵ国の平和構築と貧困の削減に貢献します。

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「ダルニー奨学金」は、ドナー1人につき1人の子どもを支援し、子どもには誰が支援してくれているのかを伝える、顔が見える、成長が見守れる、1対1の国際里親制度の教育支援システムです。
1日当たり40円、月々1,200円、年間14,400円の支援で、子どもが1年間学校に通うことができます。

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