【カンボジア】出張報告 -家庭訪問で見えた子どもたちの現状-
いつもご支援ありがとうございます。民際センター職員の藤江です。11月中旬、女子寮とトイレ棟の竣工式に参加する支援者様に同行するためカンボジアへ出張しました。その際、コンポンチュナン州コンポントララーチ郡に暮らす子どもたちの家庭を2軒訪問いたしました。
この地域は国道から外れ、さらにトンレサップ川を渡った先にあります。川を越えるには渡し船を利用するしか方法がなく、物資や人の移動が大きく制限されているため、地域全体の発展が進みにくい状況です。道路は舗装されておらず、訪問した際は激しい雨が降ったため道はぬかるみ、ガタガタ道が続きました。食品や日用品を購入できるお店は近くにはなく、住みやすい環境とは言えません。


(左:トンレサップ川、右:奨学生宅の前の道路)
そんな地域に住んでいる2人の子どもたちから聞いたお話をご紹介いたします。

奨学生:サンソ・ピエン君
サンソ君は、12歳の中学1年生。国語(クメール語)と数学が好きで、将来は「先生になりたい」と話す、勉強熱心な少年です。小学生時代には16人中4番目の成績を収めています。
4人兄妹の長男で、妹が3人(10歳・8歳・4歳)います。現在は祖母と10歳の妹と3人で暮らしています。両親は10年前に離婚し、父からの仕送りは年に12.5ドルのみ(約1,900円)。小さな農地はありますが、収穫量は多くありません。日々の生活を支えている祖母は定職に就いていないものの、「せめて中学校までは修了してほしい」とサンソ君の将来を何よりも願っています。
サンソ君は学校から帰ると皿洗いや食事づくり、祖母の手伝いなど、家の仕事を積極的にこなしています。また家から学校まで大きな川を渡らないといけないため、毎日渡し船で通っています。将来高校へ進学する場合は、毎朝6時には家を出る必要があります。それでも彼は「勉強が好きです」と学び続ける意思を話してくれました。


(左:サンソ君の住まい、右:ご家族と一緒に。中央右がサンソ君)

奨学金候補生:セン・サムナン君
セン君は国語(クメール語)が大好きな11歳の小学6年生です。2人兄妹で、祖母と妹と暮らしています。母親は仕事を求めて首都プノンペンに移り住み、離れて暮らしていますが、毎月12.5ドル(約1,900円)の仕送りで、少しでも家族の生活を支えようとしています。6年前に両親が離婚したため、妹は両親と生活した記憶がほとんどありません。農地を持っていないため、お金が足りない時は近くで魚を捕り、生活の足しにすることもあるそうです。
現在の住まいは、トタン屋根の小さな家。勉強するスペースが無いため、近くのお寺で勉強しています。祖母は近所の家にキッチンを借りては道端で手作りのケーキを売り、生計を支えています。セン君を担当する小学校の先生は、勉強に熱心な生徒の1人だと話してくれました。家から学校までの道が遠いので中学生になったら自転車を貰えるようにカンボジア事業所に希望を出したとのことでした。


(左:セン君の住まい、右:ご家族と一緒に。中央右がセン君)
今回訪問した2人の生徒は、どちらも両親が離婚していました。カンボジア事業所長のチャンディによると、現地では若いうちに結婚して子どもを持つ家庭が多く、親自身が十分に学ぶ機会を得られないまま大人になることが少なくないそうです。その結果、安定した仕事に就くことが難しく、経済的な理由から離婚に至るケースもあるといいます。その影響を特に受けるのが子どもたちで、家庭が分かれ収入が不安定になることで、学校を続けにくくなる状況が生まれています。
訪問時に子どもたちと話した際、大人との会話に慣れていない様子がありました。恥ずかしがりというよりも、普段接している大人が祖母や学校の先生に限られているため、自分の考えを言葉にして伝える機会が少ないのではと感じました。こうした状況では、子どもたちが必要なときに何かを訴えることはできず、誰かがそれに気づき助けることもできません。
そのような環境下では、日本から継続的に届く支援は“お金や物品以上の意味”を持つのではないかと感じました。奨学金は「あなたを応援している」というメッセージとして届き、それが子どもたちに安心感を与えています。支援者様の存在は子どもたちにとって一つの支えとなっており、学びを続ける力や将来への見通しを持つうえで大切な役割を果たしているように思いました。遠く離れた地でいつも子どもたちを支えてくださる皆さまに、心より感謝申し上げます。





