教育がくれた贈り物 ~カンボジア~2

前回の記事では、カンボジアにおける貧富の差が子どもたちへの教育に大きく影響するとのお話をしました。実際には、カンボジアの人口の85%の人が地方で暮らしています。その多くが農民で小さな畑を耕し、その収穫は天候次第です。耕す土地はやせていて、多くの場合、そこからの収穫だけでは家族を養うことができません。両親は生活のため、子どもたちに学校を辞めさせて働かさせざるをえないのです。それは、就学率の低さと退学率の高さにも表れています。その結果、子どもたちは教育を受けないまま大人になり、日雇い労働など低賃金の仕事にしか就くことができず、世代を超えて貧困から抜け出すことができないのです。

今回は、ダルニー奨学金による就学支援を受けて貧困の連鎖から抜け出すことができた一人の青年、クン・ビチェットさんを紹介します。

今の自分に自信をもって生きています

私は、クン・ビチェット、24歳です。カンボジアのカンポット県で友人とともに起業して、今は財務を担当しています。そして、自分の仕事に誇りを持っています。

元奨学生のクン・ビチェットさん(右)

私には7人の兄弟がいて、私自身は上から4番目でした。兄弟はみな、生活が苦しく小学校を卒業することもできませんでした。特に私が小学校の卒業をむかえるころ、家庭の経済状況はひっ迫していたので、とても両親には「中学に行きたい。」とは言えませんでした。

年上の兄弟と同様に中学校には行けないと思っていたので、その時はとても悲しく絶望していました。でも、幸運なことに小学校を卒業した時にダルニー奨学金の奨学生に選ばれたのです。奨学金支援を受けることができて、本当に嬉しくてとても誇らしい気持ちになりました。そして、一生懸命勉強して、私は、中学校を卒業することができたのです。

高校に進学した時、裕福な家の生徒は補習授業(有料)に通うことができましたが、私の家は貧しかったのでその補習授業へは行くことができず、結果、成績はあまりよくありませんでした。高校を卒業しなければ、大学や専門学校等の上位教育を受けることはできません。私はその頃、勉強が好きでエンジニアになりたいと思っていました。なので、高校卒業後、専門学校の試験を受験し合格しました。でも、私の両親は私を学校に通わせるだけの余裕はありませんでした。その時、幸運なことに会計事務所での仕事を見つけ、そこでの収入を学費に充て、働きながら勉強を続けて学校を卒業することができたのです。

私は、支援してくれた日本の支援者の方にお礼が言いたいのです。教育は私の人生を明るく照らしました。そして、経済的に恵まれず教育を受ける機会のない子どもたちを支援する活動を続けていただきたいと思います。彼らは本当に支援を必要としているのです。

経営する会社で従業員と(右がクンさん)

最後に、私に教育を受ける機会を与えてくださった支援者様に心から感謝し、ご多幸を心からお祈り申し上げます。

ダルニー奨学金について

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