奨学生の声 奨学金申請中の子ども

タイ タイ

 

子どもたちの夢を叶えるために

 ハタイチップさん(小学校6年生)

小学校六年生のハタイチップは、祖父母と暮らしています。小さい時に父は亡くなり、母は再婚して彼女を祖父母に預けて出て行ってしまいました。祖父母は生活が苦しい中でも、ハタイチップを大切に育てています。

彼女の祖父母は農民です。米やイモを育てて生活しています。でも、収入は家族3人が暮らしていくには充分ではありません。なので、彼らは借金をしてなんとか生活をしていますが一向に暮らし向きは良くならず、借金は増えるばかりです。彼らの住む家は古く、トタンの屋根は壊れていて水漏れします。そのような家では、雨期は特に雨漏りして大変です。

 

家の前で

祖母と一緒に

 

 

 

 

 

 

 

 

ハタイチップは言います。「家の借金を減らすために出来る限り、祖父母の手伝いをします。そして、無駄遣いはしません。祖母は、心の病を患っている私の叔父の面倒も見なければならないのです。」

彼女は最近の嬉しかったことについても話してくれました。「先日、私はロイクラトン祭り(地元のお祭り)の美少女コンテスに出場し、優勝しました!そして、賞金として1,700バーツ(日本円で約5,800円)をもらってとても嬉しかったです。それは、今まで私が見た一番高額なお金です。そして、すべてを生活費として祖母に渡しました。 生活は苦しいですが、私は祖父母が大好きです。彼らは、私を守り、応援し、そして愛してくれます。」

 

美少女コンテストの様子(右から二番目がハタイチップ)

セパタクローをするハタイチップ

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、日常生活についても話してくれました。「毎朝、5時半に起きて家族の朝食を作ります。学校では、担当の掃除等の決められた役割を果たします。昼食後は、(校内放送の担当なので)全校生徒に学校生活を送るうえで必要な情報をアナウンスします。特に火曜日の朝は重要で、その週の最新情報を伝えます。運動も好きで、学校ではセパタクローをします。放課後は、祖母の家事や畑仕事を手伝います。祖母は米やキャッサバ(イモ)を作っています。その後、シャワーを浴び、宿題をして7時ごろには寝ます。週末は終日、祖父母の畑仕事を手伝います。」

ハタイチップは医者になるのが夢で、祖父母や病気の人々を助けたいと思っています。彼女は「ダルニー奨学金は、経済的に恵まれない子どもに教育を受けさせてくれ、より良い未来をくれます。もし、奨学金をもらえたら、学業に必要なものに使います。」と話しました。   

 

あなたの子どもの頃の夢はなんでしたか? Share the dream.

6歳になったら、小学校に行き、次は中学校に行く。日本では、当たり前の日常ですね。
そのころ、私達も、当たり前のように将来の夢があったはずです。

もしかしたら、日本の日常が、彼・彼女たちの日常とは、まったく別のものかもしれません。
貧困により、当たり前のように、家族のために働いて、学校に行けない。そんな日常かもしれません。

経済的に恵まれない子どもたちの、ほんの一部しか夢を語ることはできないのです。
今回は、タイの子どもたちの夢を聞いてみました。

 

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ラオス ラオス

奨学金を待つ生トゥンさん(12歳・女子)

ラオスでは、小学校を卒業し、この9月から始まる中学校生活を楽しみにしている子どもたちがたくさんいます。しかし、経済的理由で、中学校に行けるかわからない子どももいます。
今回は、小学校3年間(3年生から5年生)ダルニー奨学金の支援を受け、中学校入学を待つラオスの女の子を紹介します。
*民際センターは、ダルニー奨学金の対象を小学生から中学生に完全に移行し、現在小学生に対する支援は実施していません。

ラオス・カムアン県に住むトゥンさん(12歳・女の子)は、小学校を卒業し、この9月から中学校に入学する年齢です。彼女の家族は、母と姉が1人いるだけです。父は、3年前に長患いの後に亡くなってしまいました。一家の大黒柱である父を亡くした後、家族は苦難に陥ってしまい、不幸なことに、彼女の母も体調を崩し、治療代を捻出するのもままなりません。17歳になる姉は、母とトゥンさんを養うために、田んぼで一生懸命働かなければなりません。トゥンさんも、家計を助けるために、収穫期や学校が休みになると、農業や家事手伝いなどのアルバイトの仕事をしています。家の収入が一日あたり2ドルにならないこともあり、生活するのに十分ではありません。

家の前で家族と並ぶトゥンさん(右側)

トゥンさんは小学校3年生の時からダルニー奨学金の支援を受けており、小学校5年生を卒業できました。中学校へ進んで、勉強を続けたいと望んでいます。
トゥンさんは、次のように言います。「小学校に通うことができ、私はともて幸運でした。たくさんの友達と出会うことができ、一緒に学校生活を送ることができました。私の先生はとても親切で、大好きです。最後に、私に奨学金を提供してくださった支援者の方に、本当にありがとうございましたとお伝えしたいです。これからも勉強を頑張りたいです。」

小学校での学校生活を通じて勉強することの楽しさを知り、中学校で勉強を続けたいと希望している子どもたちはたくさんいます。しかし、経済的理由でその希望を諦めかけている子どもがいます。ダルニー奨学金の支援を受けられれば、勉強の楽しさを知った子どもたちは中学校で勉強を続けることができます。

初めてアイスクリームを食べたラオスの小学生

民際センターラオス事務所の職員は、仕事を通じて、たくさんの子どもたちに会います。職員が出会う子どもたちは、いずれも経済的に非常に困難な状況にいます。経済的に厳しい子どもたちに接する機会が多いラオス事務所職員でさえ、衝撃を受けるほどに厳しい状況に置かれた奨学生を紹介します。

彼女の年齢は10歳です。両親から見放され、年老いた病弱の祖母と森の中で暮らしています。支援を受けるまで彼女は独力で勉強し、成績は優秀でした。しかし、今後の生活の見通しがたたず、将来どうなるかはわかりませんでした。

 

ラオス事務所職員が、彼女に会うために学校を訪問しました。昼時になり、みんなで昼食に出かけました。その時、彼女は初めて自動車に乗り、エアコンの風をあびました。その日はとても暑い日だったので、彼女はともて気持ちよさそうにしていました。

 

レストランに入り、彼女に好きなものを頼むように伝えました。しかし、彼女は何も答えないので、炒飯を注文しました。でてきた料理が好きそうでないので、どうしたのと聞きました。そうると、彼女は今まで炒飯を食べたことがないというのです。他に何か注文するかと聞くと、彼女は泣き始め、丁寧に断りました。そして、か細い声で、毎日もち米しか食べてこなかったというのです。そして、日によっては、肉の干物をおかずにしているというのです。

 

食後、アイスクリームを買うために、商店に向かいました、私たちが店に入ろうとすると、彼女は入ることに躊躇していました。それは、今まで一度も店に入ったことがなかったからです。店に入ると、彼女は店内の様子に驚愕していました。彼女に何味のアイスクリームがいいかを聞くと、彼女は困ってしまいました。彼女はアイスクリームを食べたことがないので、アイスクリームがどういうものかわからないのです。まして、何味か聞かれても、想像することはできません。バニラ、チョコレート、ストロベリーといっても、想像することができないのです。そして、今回初めてアイスクリームを食べることができたのでした。

同じラオス人の職員でさえ驚くほどの厳しい経済状況の子どもがたくさんいます。

そういった子どもたちが、一人でも多く中学校に通えるようにあなたの支援をお願いします。

カンボジア カンボジア

先生になりたい

カンボジアの地方で経済的に恵まれない子どもたち、とりわけ学校も勉強も好きだという子どもたちに将来の夢を聞くと、その多くが「先生」と答えます。もちろん、カンボジアにおいても先生以外に多種の職業があります。医者、弁護士、警察官、看護師、歌手、調理師・・・日本のそれらと何ら変わりません。なのに、なぜ彼ら彼女らは「先生になりたい」と答えるのでしょうか。民際センター・カンボジア事務所・所長のチャンディーにその疑問を投げかけました。「身近にいる大人で職業を持っている人が先生しかいないからです」と彼は言います。「家に電気も通っていないので、テレビを見たり、ラジオを聞くこともありません。また、彼らの両親も小学校を出ていないため、読み書きが十分にできず得られる情報は限られます。そのような環境の中で育っている子どもたちは世の中に対する視野が狭いのです。もちろん、教師は立派な仕事だけれども他の選択肢があることもゆくゆくは知ってほしいと思います」と続けました。

今回は、カンボジアの地方に暮らす小学校6年生、経済的に恵まれないため支援がなければ中学校で勉強を続けることができないを子どもたちの様子をご紹介します。彼らは、みな成績優秀で勉強が大好きです。そして、みんな口をそろえて教師になりたいと言うのです。
*以下にご紹介する子どもたちは、ダルニー奨学金を受け取る予定です。

サレム・クライさん(12才)

家の前で

近所の仕事するサレム

サレムの家族は、自分たちの畑を持っていません。両親は、ある日は近所の畑を手伝わせてもらい、また、ある日は日雇い労働者として生計を立てています。でも、その仕事は不安定で仕事をした日の収入は1日30,000リエル(日本円で約810円)です。それは、彼女、弟と妹の家族5人を養うには十分ではありません。サレムは休みの日に、ご近所に御用聞きに行って仕事をもらい、家計を助けます。また、両親の家庭もそれぞれに貧しかったので、サレムの父と母は小学校を卒業していません。両親は、勉強も学校も好きなサレムには学校に通い続けて、将来は彼女の夢である先生になり、自分たちとは違う人生を歩んでほしいと願っています。

ソカー・ドエウムさん(12才)

家の前で

ハス栽培を手伝うソカー

ソカーは7人兄弟の末っ子で、家族はハスを育てて生計を立てています。その収入は週に20,000~30,000リエル(日本円で約540~810円)です。それだけでは、家族7人が生活できません。彼女の兄や姉は小学校を中退して働いています。ソカーも、休みの日にはハス栽培を手伝います。学校での成績はいつも1番で、学校に行くことが大好きです。

ポブ・タイロンさん(15才)

教室の前で

竹かごを作るポブ

ポブの両親は、故郷の村で仕事が見つからなかったため、彼、兄と姉の3人を祖母に預け、タイに出稼ぎに出ています。両親は毎年400,000リエル(日本円で約10,800円)の仕送りをしてくれていましたが、最近は途切れがちです。ポブの兄や姉は経済的に余裕がなくて小学校を卒業していません。ですが、勉強が好きで成績も悪くない彼には中学校へ行ってほしいと兄と姉は口を揃えて言います。ポブは、家計を助け、学費を稼ぐために放課後や休みの日に竹かごを作ります。1日5~6個しかできず、その収入は350~420リエル(日本円で約9~11円)です。

スレイラ・プルムさん(12才)

家の前で

叔父の家で勉強をするスレイラ

スレイラの家族には、家も畑もありません。家族は叔父の家に住まわせてもらっています。両親は近所の湖で水草や森で野菜をとって生計を立てていますが、それらが収穫できる日は20,000リエル(日本円で約540円)程度にしかならない上に、全く取れない日もあります。

サヨーン・ドウエンさん(13才)

水を運ぶサヨーン

叔父の家の前で妹と

サヨーンは3人兄弟の真ん中、両親は、畑も家もなく、地元に働く場所がないため出稼ぎに行き、兄弟3人は叔父の家で暮らしています。両親は、毎月子どもたちに200,000リエル(日本円で約5,400円)を送ってくれますが、子どもたちの生活費と学費にはとても足りないので近所の人や叔父に借金を頼むのですが彼らも貧しいので、これ以上の借金のお願いはできません。サヨーンは成績も優秀で学校も好きなので学校に通い続けたいと思っています。

ティウ・スレイカッシさんからのビデオ・メッセージ

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