ラオスが抱える教育問題

ラオスで活動を開始した1997年、ラオス政府から活動許可を得て、対象地域の調査及び事務所開設、人材採用を行ったのは23年前になります。タイでは中学生の奨学金提供を行っていましたが、ラオスの田舎では中学校どころか小学校の卒業すらおぼつかない状況でした。

小学生から奨学金提供をすることは決めましたが、何学年から奨学金を提供するかの議題で現地にて話し合いを実施しました。
意見が分かれました。議論は1年生から3年間と3年生から3年間という二つの意見に分かれ紛糾したのです。
会場には男ばかり、10村ぐらいから100人ぐらいの人があつまり、会議場はいっぱいの人であふれていました。
ラオスのセコン県のことです。小田原評定のごとく、意見がまとまらず、あちらこちらで勝手な議論の渦。
頃合いを見て、「すいません。村長さん、お立ちください。村長さんの意見を聞いてから、最終案を導きたいです。」と言って、村長さんの起立を促した。
何と14歳15歳の少年が立ち上がりました。
字が読めないと村長になれないことになり、町から中学生卒業生を連れてきたそうです。私は慌てて、では各村の長老の意見を聞きたいといった。会場の外に居たお婆ちゃんが、突然大きな声で、窓から怒鳴った。
あの外国人が言うように、3年生から5年生まで奨学金をもらい、1年生2年生の進学は自分たちの手ですべきだ。
鶴の一声。これで決着です。それから2015年目まで18年間、初等教育の普及に努めました。
ほぼ小学校教育の普及は達成したと言えるでしょう。民際センターも大きく貢献したと考えます。ダルニー奨学金は、社会心理で、相乗効果をもたらし、大きな波及効果があったと言える。
村の中で、一番貧しい子供に奨学金が提供され、その子どもが通学しはじめると、他の家庭の親は、子供を通学させるようになりました。

18年の年月が、小学校教育の普及に貢献できたのと同じように、次に民際センターは、SDGs目標年度2030年までに、Quality of Education(教育の質の向上)を実施すべく、中学教育の拡充に貢献したいとの思いから、2015年より中学生に対する奨学金の提供に大きく舵をきりました。
しかしながら、問題は山積みでした。その問題とは、

▼中学校の数が少ない。

▼中学教師の数が少ない。

▼教育予算が少ない。

ラオスは、人口約690万、50民族があり、ラオ族が約半数。人口は 兵庫県よりも少なく、千葉県より多いという小さな国家です。最貧国で、国家予算も少なく、外国政府の援助に依存。政府間援助は、インフラ整備などが主流でした。

よって予算が小さくとも教育に特化したNGOの活動は直接、民衆に大きな恩恵をもたらすことになります。

ラオス教育省は、2000~2015年まで万人のための教育(EFA)の目標に沿って、基礎教育に力点を置き、各村にあった不完全校(小1~小2)の学校を減らし、完全校(小1~小5)へ移行し、小学校5年制だが、初等教育の普及には成功することができました。

【中学校の数が少ない】

一般論でありますが、日本をはじめ多くの国では、小中高の数の割合が、4:2:1です。ラオス全国には、1,162の郡があり、約8,000校の小学校があります。しかし、中学校数は約800校です。郡庁所在地は町である。その町に中学校がない場合もあります。小学校8,000校の半分の4,000校あれば、通学可能な距離に学校があることになるのですが、その1/5の800校しかありません。現在SGDs目標、「質の高い教育をみんなに」に沿って、ラオスも中学校教育の拡充段階にはあるのですが、言い換えれば、郡部の村の小卒の児童の中学進学は至難の業であるのがラオスの現状です。

【中学教師の数が少ない】

中学教師の教員資格は、大卒ないし教員養成学校で4年間の教育が必要です。
典型的な田舎の小学校の場合、1学年1組、小学5年制なので、教師5名プラス校長1名、計6名が一般的である。しかし、中学は4年制、4名プラス校長の5名体制とはなりません。中学教育は各科目の専任教師が必要です。因みにラオス国立大学教育学部卒業のほぼ全員が教職にはつきません。給料が安いことが原因かもしれません。鶏が先か卵が先かの議論になってしまいますが、中学進学率が少なく、増して高校進学し、その上、教師養成学校で、4年間勉学する数は多くはなく、むしろ非常に少ないので、急速に中学教育養成は困難を極めているのです。

【教育予算が少ない】

2018年度、2019年度は新規の教員は採用されていません。現役の教師への給与を出すのが精一杯で、新規教員採用まで手が回らないのが現状なのです。

課題解決のための民際センターの役割と貢献

これらの課題を解決するために、民際センターとしてEDF-ラオス(ラオス事業所)とともに取組を開始しました。

【5ケ年計画の覚書と教育省との年一度の定例会議】
ラオスの教育予算の中には民際センターの5ケ年計画の覚書の数字も予算も組み入れられている。ラオスへの支援額が増えれば、全体的な教育予算が増える考え方。これを拡大解釈すると海外の政府の教育支援も教育予算に組み入れられるが、予算と決算の相違は相当あるらしい。対象県の民際センターの予算額はそれなりの割合になる場合があります。年一度、教育省と定例会議をもち、民際センターの政策提言も含めての効率よい事業の発展に努めています。それは1997年から20年以上活動して、それなりの予算規模と実績の積み重ねの歴史と信頼の賜物となっています。

【2030年の中学進学100%に近づける為の政策提言】

  • 政策提言を行い短期的には、小学校に付随した中学クラス教室の建設に合わせて、小学校の教師が中学生を教える事例を構築し、早期に教師不足を解決する。
  • 長期的には、中学卒の層を拡充することで、高校進学と教師養成校進学の層を厚くする長期戦略を実施する。当然ながら、地方でのダルニー奨学金の必要性もある。

【教室建設】
民際センターの政策提言の一つは小学校に付属した中1の教室建設で、村人を巻き込んだ中学校誘致運動の一環として、複数の村人の住民参加側運動を展開していることである。先ず、新卒の教師が派遣され、無給の場合、住民運動の賜物として、食住を村人が提供します。自発的な村人の新任教師の宿舎を提供する運動は大きな効果をもたらしているでしょう。

【タイの成功事例】
南南協力という言葉がります。因みにタイでの成功事例をもって、ラオスに政策提言を行い、日本人からの寄付支援で、事例づくりをする。複数の成功事例をみると特殊事例から新たな規則を作る。小さな団体が一国の制度を変えるのではなく、事例づくりをすることで、制度変革のきっかけを創造する。これが、民際センターの役目です。

それでは、何故ダルニー奨学金が必要なのでしょうか。

ダルニー奨学金の位置づけ

【夢の如し】

農村の村に於いては、中学進学は大きな出来事です。経済的に恵まれず、家庭環境に恵まれない子供にとって、中学進学は実現不可能と思っている。内心では、勉強したい。だが、中学進学は、願望であって、夢の如し、なのです。

【選考課程】

中学進学の為のダルニー奨学金制度は、このような子どもたちにとって、夢のような制度なのです。選考過程も明確で、小学校の先生、村の教育委員会によって生徒の貧困の度合いにより推奨される。奨学金で中学卒業まで一人の日本人が支援する制度であり、親がいない場合などその日本人が空想の親になっている。また村人は、中途退学させてはならないと、昼食のお弁当を支援したりして励まします。

【相乗効果】

一口の奨学金の重さは、その村の発展にも関わってきます。その村の経済的に恵まれない子どもが晴れてダルニー奨学金をもらって、中学に進学するとなると、それに刺激されて、複数の家庭の子どもたちも中学進学の道を歩みます。その村社会での変化を創造する。14,400円の一口の奨学金は、着実にラオスの村社会に変化をもたらしています。

【日本人のこころが伝わる】

国家機関でなく、個人の日本人が奨学金というお金を提供すると共に、新中学生が手にする奨学金証書には、ドナーの名前が記載されており、ドナーの「こころ」届いたといえるでしょう。頑張って中学を無事卒業しなさいというがメッセージ込められており、生徒にとっては大きな励ましとなる。

【22年の歴史の重み】

昨今、ラオスでは、中国、韓国の経済活動が活発で、その影響力は年々大きくなっているが、22年間も民と民との交流により日本の市民に支えられた歴史は一朝一夕には築けない。ダルニー奨学金活動は、地味だが着実に人々の心に染み込んでいるといえます。特に教育に特化した民際センターの中学生に対する奨学金提供は、国の基礎となる人財の育成になり、経済的に恵まれないラオスの若者が日本人の奨学金を得て中学を卒業し、ラオスの発展に寄与するばかりでなく、日本とラオスの懸け橋に大きな役割を果たしています。

 

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