奨学生の声

【タイ】奨学生の紹介

【ラオス】奨学生の紹介

【カンボジア】奨学生の紹介

【ベトナム】奨学生の紹介

【ミャンマー】奨学生の紹介

支援国の子どもの状況報告

 

【タイ】奨学生の紹介

祖母と2人暮らしのタイの奨学生チャー

「小学校を卒業して今年5月に中学校に入学します。それまでの休みの間、中学校で必要となる学費のためアルバイトをします」。

これは2017年度中学奨学金に応募したタイの奨学生、シリカンヤー・バーンプラコンさんの自己紹介の手紙の一部です。

シリカンヤー・バーンプラコンさん、ニックネームはチャー(以下、チャー)といいますが、彼女は14歳で、ブリーラム県のバーンラムナンロン小中学校に通い、母方の祖母と2人で粗末な家に住んでいます。

両親は3歳の時に離婚し、それぞれ再婚しました。

 

 

チャーの祖母(65歳)は日雇いの仕事のため収入が不安定です。

以前はサトウキビの収穫、草刈り、ゴムの樹脂集め等の重労働をしていましたが、高齢のため今は屋根に葺く茅(かや)を織る仕事をしています。

乾燥した茅と道具が家に持ち込まれ、祖母とチャーが指定の大きさに茅を織ると、1つ約21円で引き取られます。

チャーさんも放課後と土日に祖母を手伝います。

放課後は急いで帰宅して仕事をしますが、宿題や家事もあるので、1日で仕上がるのは1つか2つです。

この仕事で祖母とチャーが得る収入は毎月1,500~2,100円で、この収入を学費や食費にあてています。

 

チャーの先生に彼女の学校での様子を聞きました。

「両親が離婚後、小学校2年時にこの学校に転校してきました。祖母は小学校2年生までしか学校を出ておらず、勉強を見てあげることができません。チャーは読み書きが不得意で、授業で友達について行けない時がありますが、学校にいる時はいつも負けない様にガンバってます。留年したことを同級生がからかっても、チャーは怒ったことはありません」。

中学入学に際して、先生から奨学生に選ばれたと知らされて、チャーも祖母も大喜び。

 

 

支援者にお礼の気持ちを伝えるために、急いで感謝の手紙を書きました。

「心から尊敬する支援者の方へ 私はシリカンヤー・バーンブラコン、15歳です。現在、ブリラム県のバーンラムナンロン中学校の1年生です。2017年度から奨学金をいただくことになったことを先生を通じて知りました。私は感激して飛び上がって喜びました。私が中学で勉強を続けることができるようにという支援者からの優しい思いやりは、本当にありがたかったのです。 私の家庭は貧しいので、中学に就学することはできないと思っていました。両親は、私がまだ物心つかない頃に離婚し、それぞれに再婚して新しい家族がいます。ですから、わたしと祖母に仕送りすることはできませんでしたし、私の面倒は一切見てくれませんでした。学校に掛かる費用に家庭の支出も含めて、すべて祖母が工面しています。 私は、両親が離婚してからずっと祖母と二人で暮らして来ました。祖母はもう高齢で、収入は茅を編むことから得られるものと、政府から支給される1か月あたり600バーツの老人手当だけです。これらの収入は、毎月私と祖母が食べていくのには足りますが、学校の制服、教科書や教材などに掛かる費用は出せません。近所のうちに借金をするか、古くてもうちにある物で我慢するかしなければなりません。ですから、今回いただいた奨学金は、学費の負担をとても軽くしてくれました。私とこの奨学金を最も役立たせて、勉強を一生懸命ガンバリます。本当にありがとうございました」

 

【ラオス】奨学生の紹介

 笑顔の裏に隠された真実

ラオスの子ども

(個人情報の確保のため、名前など全てを公開できません。)

 

13歳だが見かけは7歳ほど。

清楚な服装だが、今日は特別な日、一見、幸せそうだが、カメラの前だけ。この写真には多くのものが隠されています。

彼は6歳の時、母を亡くしました。父は再婚し、新しい家族ができ、出て行きました。父から見捨てられたのです。

 

彼と姉はどこにも行けず、途方に暮れ、年老いた祖母と一緒に移りする住むことになり、より厳しい生活を余儀なくされました。

姉は、彼と年老いた祖母の世話のため学校を中退し、家族ための稼ぎ手になりました。

彼女は日雇い労働者として働く他、田植えや稲刈りの時期は田で働き、平均して、月あたり一万キープ(13,300円相当)の収入を得ています。

二人を世話するため両親の役目を担っていました。これらの収入では食べていくのがやっとでした。

教育費は捻出できず、姉を助けるため、彼自身学校には当然ながら行きませんでした。

 

しかしながら、13歳の時に、EDFグループにより、日本人が提供したダルニー奨学金の給付を受けることが出来たのです。

そして、彼は学年を数年遅れて学校に行くことができるようになりました。教育支援を受けることができるようになり、彼は微笑んでいるのです

奨学金証書の写真撮影、この写真の為に彼の最高の姿を表現したのです。

厳しい生活を隠し、未来に向かっての希望と機会を与えられたという実感の微笑みなのでしょう。

 

この写真から2年後、彼は今15歳になり、5年制の小学校を卒業しました。

残念ながら、老衰のため祖母は他界、姉も判らない病に侵され突然死してしました。もし医者にかかり、薬を購入するお金があれば、姉の死は防げたでしょう。

そして、彼は生きるために働かなければならず、学校を続けることは諦めました。

時折、近所の人が、気にかけて訪問しますが、その方々も生活するのが精一杯で、彼を助けることは出来ません。

 

彼にとって、奨学金を得ての学校生活の3年間、学校にいる時間は人生の中で一番幸福なときでした、日本の奨学金提供者にお礼を伝えてくださいと何回も繰り返し語りました。

学校のクラスルームで学んだことを実生活の中で応用することが出来たそうです。

もう中学教育を継続することはできませんが、彼に奨学金を提供して下さった支援者は彼に大きな影響を与えました。

彼を笑顔にし、学校に行く機会を与えてくれました。彼のようにラオスの子どもたちへ微笑みを与えて下さい。

 

ダルニー奨学金はそれが短期間であろうと、長期間のであろうと、ラオスの子供に未来の希望を与えます。

ラオスの子供たちが笑顔でいられるように、彼らが明るい未来を送れるように、引き続きご支援をお願いします。

 

【カンボジア】奨学生の紹介

■  カンボジアの困っている人たちを助けたい

カンボジアの教育制度は、1975年から君臨したクメール・ルージュ体制によって完全に破壊されました。

1990年代、カンボジア和平パリ協定、国連の選挙支援以降、資金提供を通して、多くの新しい学校の建設、教材入手など、教育環境・制度が飛躍的に改善しました。しかし、都市と農村の教育の質の格差、僻地教育などの膨大な課題が未だ存在しています。

具体的には、地方の中学校の低い進学率と高い退学率などが挙げられます。その原因には、貧困と社会的要因があるのです。

 

ニワトリに餌をやるスレイ ナッチ

 

スレイ ナッチは、その様な地方の中学校に通う国語が好きで、将来は自分が住むようなカンボジアの農村地区の発展を支える非政府組織(NGO)で働きたいという夢を持っています。

彼女の両親は、家族を養い子どもたちに教育を受けさせる副収入を得るため、農繁期が終わると近所に住む家族と同様に隣国のタイに出稼ぎに行きました。

 

 

スレイ ナッチは言います。

「何の心配もせず勉強が続けられると良いな。そうすれば私の夢がかなうから。

将来は、非政府組織(NGO)で地方の発展に携わる仕事に就き困っている人たちを助けたい。でも、もうだめなんです。

父と母はタイに出稼ぎに行っている間に交通事故で亡くなり、私は途方にくれてしまい、どうして良いかわかりません」と。

 

彼女は続けました。

「私の小さな弟と私は祖母と暮らして、小さい妹は叔母と住んでいます。

祖父は農業以外仕事をしていませんし、祖母は体が弱いので、私は学校を続けられるかどうかわかりません。

今はただ、勉強を続けて将来はNGOで働きたいのです。」スレイ ナッチと兄弟

 

スレイ ナッチの様に経済的貧困に直面した子どもは、今すぐにでも支援が必要です。

彼女の夢の実現のため、ぜひご支援をお願い致します。彼女への教育支援は、人類の貴重な宝を育みます。

 

 

【ベトナム】奨学生の紹介

  人生の岐路(ベトナムの奨学生からの手紙)

 

≪ 親愛なる民際センターの皆様へ ≫

私は、タイビン県チエンハイ郡ナムチン地区に住むングエンハンホアと言います。今年、私はナムチンハイ高校の2年生になりました。

2年前、私が中学校3年生の時、父が仕事中の事故で亡くなりました。それは私の人生で一番の不幸でした。そして、不幸はそれだけではありませんでした。

父の死は、母を追い詰め彼女は病気になってしまいました。私はもはや親からの支援は受けられず、私は家計を助けなければなりませんでした。

それは私が学校を辞めなければならない理由で、私の夢は潰えたのだと思っていました。

 

しかしながら、ある時学校の校長先生が私の家に来て民際センターが1年の奨学金を進めてくれたときは本当に嬉しくて幸せな気持ちになりました。

その時の私の幸せな気持ちをどう表現したらいいのかわかりません。

民際センターが私を支援してくれたのは1年だけでしたが、その支援を受けた時、私は人生の岐路にいました。

学校を辞めて父の様に、多くの危険と向かい合わせの労働者として働くか、勉強をして自分の人生を自分で決めて良い環境の中で職業を決めることができるのかと言う人生の岐路だったのです。

母は病気で私と弟を養う事はできません。そのどうにもならない困難を私は超えることができなかったのです。

ですから、その奨学金支援は私にとって、本当に重要なものだったのです。

 

民際センターの奨学金は、私の中学校4年生生活を後押ししてくれました。

それは、物質的な援助だけでなく、私の心までを豊かにしてくれる支えになりました。

私は、タイビン県主催の科学技術賞を受賞しました。そして、成績優秀で中学校を卒業し、高校1年生で優秀生徒賞を受賞しました。

 

ングエンハンホア君

 

私は、民際センターの支援に本当に感謝しています。
民際センターは私の未来は明るいということを感じさせてくれました。

さらに、私は不幸であったけれど周りには情け深い人たちが身近にいるという事を感じさせてくれました。
それは、今までもそしてこれからも変わらないでしょう。

言語、文化、信条、宗教の壁を越えて人間は暖かいのです。

 

 

また、私は民際センターベトナム事務所所長ングヒエムカムバンさんに大変感謝しています。こんな地方まで来て私と友達に奨学金を渡してくれたのです。

私たちの勉強を後押ししてくれた彼女がこれからも健康で美しい人生であることを心よりお祈り申し上げます。

また、これからも困難な状況にある人を多く助けてくれることを願っております。

新学期の始まるこの機会に私はすべての民際センターの職員の方そして支援者の方に感謝申し上げ、皆様のさらなるご健勝をお祈りいたします。

ングエンハンホア

 

≪ ベトナムの奨学生のお手紙を受けて ≫

ングエンハンホア君、心温まるお手紙ありがとうございました。英語もびっくりするほどよく書けていました。すべてにおいて成績優秀なのですね。

手紙をくれたングエンハンホア君は、1年だけ支援を受けて勉強を続けることができました。

しかし、彼の手紙から物語られるようにまだ、沢山の子どもたちが支援を必要しています。

 

【ミャンマー】奨学生の紹介

何かのせいであなたの夢や、やりたいことを諦めざるを得なかったことはありませんか?

ミャンマーの子どもたちと彼らを見守る先生の声をまずはご覧ください。そしてあなたは、私なら力になれる、そう思うことでしょう。

14,400円で一人の子どもが一年間学校に通うことができます。

 

 イイカインさん(新中学1年生)

家事を手伝いながら、夢のために勉強を頑張るイイカインさん

 

 

私はキャウングコン(Kyaung Kone)中学校の、小学5年生のイイカインです。
私は僧侶の父、日雇い労働者の母、そして弟と妹の5人家族です。弟は小学2年生で、妹はまだ学校に行っていません。
父は病気を患っており、母は働いているので、私が毎日の食事の支度や、掃除、妹の面倒を見なければなりません。

このような家の事情があるので、これから勉強を続けていけるか不安があります。
それでも、私はどうしても学校へ行きたいのです。そのために毎日一生懸命勉強しています。
私の夢は大きくなったら、先生になることです。

 

 

 

 サンダー・リンさん(中学4年生)

学ぶことに熱心なサンダー・リンさん。

 

私は中学4年生のサンダー・リンです。私は両親と小学4年生の弟の4人家族です。
私が小学生の時は、生活費が足りず、大変な思いをしました。
しかし、中学1年生から4年生まで民際センターから奨学金を受けることができたので、とても助かりました
いただいた奨学金で学費を支払いました。奨学金のおかげで私は安心して勉強することができました
支援者してくださったみなさんに心から感謝しております。
私は来年から高校生になります。
ですが、父は病気で、母は一人で家族のために働いているので、高校に進学するのが大変です。
また、私は父の看病もしなければなりません。それでも私はどうしても勉強したいのです。

 

 ダルニー奨学金担当の先生

生徒のために一生懸命な先生。

 

皆さん、こんにちは。私はキャウングコン(Kyaung Kone)中学校に勤務している教員です。民際センターが私たちの中学校だけでなく、フタンタピン( Htantapin)町の貧しい子どもたちに奨学金を支援してくださったことを、子どもたちにかわって感謝の言葉を申し上げたいと思います。私は、教員をしていて、貧しい子どもたちの姿を見るたびに、考えることがありました。それは、私たちはどうしたらこの子たちが笑顔で勉強している姿を見ることができるかでした。

フタンタピン( Htantapin)町では、民際センターが貧しい子どもたちへ奨学金の支援をしてくださったので、私たち教員は子どもたちの笑顔を見ることができました。それに保護者の方々も、子どもたちが安心して勉強できることに喜んでおりますし、私自身も大変うれしく思っております。本校は来年度中学1年生になる生徒が25人いて、そのうち20人の生徒が貧しい家の子どもたちです。
彼らが奨学金を受けることができればこんなに嬉しいことはありません。今後ともよろしくお願い致します。

 

 

支援国の子どもの状況報告

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