ラオス

ラオス

 

内陸国で人口も少ないため、宗主国だったフランスはラオスを植民地支配したものの、道路、鉄道、病院、学校等の社会インフラを積極的に建設しませんでした。

そのため、1953年に独立しても、しばらくの間、高校は首都のビエンチャンにしかありませんでした。

現在も重債務貧困国ですが、2000年代半ばに中部で鉱山が発見され、貿易収支が赤字からわずかな黒字に転換。

政府の税収も改善されつつあります。

【基本情報】

面積:24万平方キロメートル(日本の本州と同じ程度)

人口:649万人

一人当たりのGDP:1,947米ドル

(出典 外務省  国・地域データ)

【支援地域状況】

ラオス

 

民際センターが支援している県は中南部の4県(カムアン、サワンナケート、サラワン、セコーン)です。

支援対象地域の家庭のほとんどは農業を生業としています。

メコン川やその支流に近いほど農産物の収穫が多く、対岸のタイに出稼ぎに出て収入を得る機会はありますが、奥地に入るほど水不足が深刻です。

そして、出稼ぎの機会は少なくなります。

 

【教育事情】

現地の教育の概要と特色

学校制度

5・4・3・4制

義務教育期間

6歳~14歳(1学年~9学年)

学校年度

9月1日~6月1日

学校年度

【2学期制】
1学期:9月1日~1月31日
2学期:2月1日~5月30日

教育概要・特色

ラオスにおいては、義務教育である初等教育(小学校)は、就学年齢に特段の定めがなく、概ね6歳で小学校の第1学年に入学している。中学校、高等学校への入学率は、地方では未だ低い水準にあるが、首都であるビエンチャン特別市をはじめとする都市部では、教育熱が高まっており、中学校、高校への入学率も高く、更に高等教育(大学、職業訓練専門校等)へ進む者も多い。
ラオスにおける教育が直面する問題として、先ず、政府の教育予算が極めて少ないという点が挙げられる。このため、教科書の不足、適切な校舎の不足、教員の能力不足、不適切な教員配置、遠隔地の学校における教育の質の低さ、教育行政能力の不足等の状況が生じている。また、初等教育においては、貧困、通学困難、保護者の学校教育に対する意識の低さに加え、少数民族の児童はラオス語を生活言語としないため、授業を受けるのが困難等の理由により、入学後に退学する児童が多いことも問題となっている。

 

現地の学校段階別教育の概況

義務教育

2015年に改訂された教育法によると、前期中等教育までが義務教育であり、公立校における義務教育は無償であると明言されている。
教育法の内容はもとより、憲法で定められている教育に対する国民の権利や義務教育について、国民が正しく理解しているとは言い難く、行政についても、政府の予算不足もあり、必ずしも教育法に則った施策が実施されているとは言い難く、第9学年までが義務教育であることは国民には浸透していない。

義務教育の学校段階種類および就学状況

小学校:6歳~10歳、1学年~5学年までの5年制。純就学率は98.5%まで上昇している。ただし、第一学年の退学率は8.5%、留年率は13.5%と高い。遠隔地を中心に公立小学校の教室のうち27.8%が複式学級であり、その授業の質は改善が求められている。
中学校(Lower Secondary):11歳~14際、5学年~9学年の4年制。総就学率は78.1%であり、近年の初等教育の拡大と共に飛躍的に拡大している。

カリキュラム・教授言語

教授言語はラオス語で、教科はラオス語、算数、私たちの身の回り、芸術、体育、音楽、工芸など。

義務教育段階の学費

授業料は無料であるが、施設修繕費として負担を求められる場合がある。

スクールインフォメーション

進級のために必要な出席日数が定められている。
また小テストが実施され、成績評価の基となる。
ビエンチャン市の学校では制服が普及しているが、地方の学校では制服は一般的ではない。

(出典:外務省 諸外国・地域の学校情報)

 

【いまだ ラオスに埋まる不発弾】

ラオスは1996年から年間合計約8~9百万ドルの支援を(米国も含む)各国から受けてきました。

14年間で撤去された不発弾地域は計25,000ヘクタールに及びますが、これは被爆地域の1%でしかありません。

毎年、不発弾の為に約300名の命が奪われています。ラオス政府は、不発弾による死亡数を300から70名まで低減するよう対策を図っています。

 

ラオスのクラスター爆弾

 

1964〜73年の間、米国により2百万トンを超す爆弾がラオスに投下されました。

その中には2億8千8百万発のクラスター爆弾が含まれていました。また、それらのうち、75万発が不発弾としてラオスに残されたといわれています。

統計によると、ラオスは人口一人当たりに対して、世界最大の被爆国となっています。

 

【奨学金申請中の子ども】

ライラは11歳。2年前に正体不明の病気でお母さんが死んでしまいました。
お金がないため、治療を受けられず、薬も買えませんでした。

その後、お父さんは育児放棄して家を出て再婚してしまいました。残されたライラやきょうだいたちは生活に困りました。
それで、家族のために学校を中退した、7人きょうだいの一番上のお兄さん(23歳)が父親代わりに面倒を見ていますが、苦しい生活を送っています。

ライラときょうだいは農繁期に近隣の農家の農作業や家事の手伝いをして現金を得ます。
日の出前に起きて学校へ行くまでの間や学校が終わった後に働いて1日約200円。

この収入では家族全員が十分食べるものは購入できません。

まして農閑期で仕事(お金)がなくなると、きょうだいで森に入り、食べたり売ったりできる野菜を採集し、動物・昆虫などを捕まえます。
その日は学校を休まなければならないときもあります。

 

小学校で勉強する奨学生のライラ

<小学校で勉強するライラ>

ライラやきょうだいたちは毎日厳しい生活を送っていますが、小5(小学校の最終学年)のライラは勉強熱心。
小学校卒業後も中学校に行って勉強を続けたいと思っています。

なぜなら、学校の先生になることがライラの夢だからです。

【現奨学生の紹介】

医師とは、困っている人を助け、誰かの人生に変化をもたらすことができる人です。それができる医師になるのが、彼女の夢です。しかし、彼女の前にはたくさんの障害物と、困難があり、夢を実現するのは簡単ではありません
(プライバシーにより個人情報は公開しません。)

 

南ラオスの少女

 

彼女は、南ラオスの田舎の、その中でもとても貧しい県に住んでおり、機会が限られていたため、未来に希望が持てずにいました。
お父さんは肝臓がんで亡くなったため、彼女は母親、祖母、そして3人の兄弟と一緒に暮らしています。彼女は末っ子でした。
不幸にも、兄弟のうちの何人かは、家計を支えるために、学校を退学せざるを得ませんでした。

彼女の兄は一家の大黒柱となり、家計を支えていました。彼女の弟は毎日の食事の為に、水田で働くお母さんの手伝いを一日中していました。
彼女は他の兄弟によって支えられています。一番上の兄弟と母親が働いている間、彼らはお互いに助け合い、祖母の面倒を見ています。
彼女の一日の平均賃金は約25,000キープです。日本円換算すると平均賃金は335円/日に相当します。
6人家族を養うには明らかに不十分です。

一番最年少だったため、働いて家族を助けるために授業を受けられないことが多かったが、彼女は学校に通い続けることが出来ました。
兄弟が仕事を探しに行っている間、彼女はおばあちゃんの面倒を見るために授業を欠席しました。
時には、売るための小さいおもちゃを集めに奥深い森林へ仕事を探しに行ったり、臨時で清掃の仕事を懸命に探したりしました

彼女の医師になるという夢は、実現からはるか遠くに離れていきました・・・。

しかし彼女は、奨学金を受けたことで夢を追い続けることが出来ました。(彼女は奨学生制度を2013年以来利用していました。)
奨学金を受け取ったことで授業に集中でき、働くために学校を休む必要がなくなりました
奨学金により、彼女はよりよい生活を手に入れようとしています。彼女は学業に専念しています。

彼女の夢は医師になることで、その夢はあなたの寄付によって実現されます。
あなたがもしまだ支援をしていないなら、誰かの夢をかなえることだと考えてみて下さい。

【元奨学生のその後】

ダオサバイさん

 

ラオス奨学生1期生のダオサバイさんは8人きょうだい。
家庭は「とても貧しかった。それで先生が奨学金のことを教えてくれた」そうです。そして中学3年までの6年間、ダルニー奨学金を受けました。
「奨学金を受けるようになって、勉強への意欲が湧いてきました。勉強できるチャンスが与えられたのですから、一生懸命勉強しました」。

ダオサバイさんは将来、小学校の先生になるべく、現在はサワンナケート県にある教師養成カレッジに通っています。
学費は、彼が卒業した小学校で教師をしているお姉さんが払っています。

「教育は長いプロセスですが、必ず見返りがあると思います。
私たちの国では人々が教育を受け、その教育を受けた人が国の発展にために尽くすことが大事です。
奨学金を提供してくれた方への恩返しの意味でも、一生懸命勉強して良い教師になり、国の発展のために尽くしたいと思っています」。

【支援国ラオスの教育情報】

中学入学時に1人22.5ドルの登録料が必要

 

寄付ボタン