カンボジアについて
1953年にフランスから独立したカンボジアは、軍部クーデターや米軍による国境地帯への爆撃。続くポルポト政権(75~79年)下で教師や医者など農業非従事100万人以上の大虐殺。さらに99年まで内戦が続き、人心や国土が荒廃した。しかし2004~2007年の間、縫製業や観光業が順調で、2ケタの経済成長を達成した。
基本情報
面積:18.1万平方キロメートル(日本の1/2弱)
人口:1.340万人(2008年統計)
GDP:774.7ドル/1人(2008年統計資料)
人口:1.340万人(2008年統計)
GDP:774.7ドル/1人(2008年統計資料)
支援地域状況
ダルニー奨学金を提供している対象県は現在、プノンペンから車で北へ約2時間の、同国中央にあるコンポンチュナン県1県である。県の人口は約50万人。コンポンチュナンは陶器の町として有名だが、トンレサップ川が流れているため漁業も盛んである。
教育事情
ユニセフの「世界子ども白書2008」によれば、
1日1ドル以下で暮らす人34%。
5歳未満の栄養不良児(低体重の中重度)は36%(2000-2006)。
カンボジア教育省の調査(2003―04)では、小学校卒業率は52.5%。地方の遠隔地では32%となっている。
学校が不足し、午前と午後の2部制になっている。また先生の給与は30ドルと低水準で、しかも遅配や一部カットが多い。
1日1ドル以下で暮らす人34%。
5歳未満の栄養不良児(低体重の中重度)は36%(2000-2006)。
カンボジア教育省の調査(2003―04)では、小学校卒業率は52.5%。地方の遠隔地では32%となっている。
学校が不足し、午前と午後の2部制になっている。また先生の給与は30ドルと低水準で、しかも遅配や一部カットが多い。
民際センターの実績
奨学金提供数:
- 2010年度1,310
- 2009年度1,280
- 2008年度920
- 2007年度760
奨学金申請中の子ども
プンの家の壁は隙間だらけの木と葉でできていて、寒い日には冷たい風が入ってくるはずです。火をおこす場所はありますが、台所は見当たりません。この家には部屋が1つしかないからです。
両親の仕事は農業。数カ月分のお米がありますが、次の収穫まで間に合うかどうか。足りなくなったら、近所から借りることになります。ご飯は、お米以外ほとんど何も食べてない様子です。家庭の年収は現金に換算すると260ドルぐらいです。
家から100メートルのところに井戸があり、プンは毎日水を運びます。それだけではなく、お母さんを手伝って幼い妹の世話も料理も掃除も洗濯も動物のえさやりもすべてします。私たちが訪ねた日、彼女は制服を着ていましたが、裸足でした。「自分の靴はもっていない」のだそうです。栄養不足と劣悪な衛生環境ゆえ彼女は最近、2度も腸チフスにかかりました。
家から100メートルのところに井戸があり、プンは毎日水を運びます。それだけではなく、お母さんを手伝って幼い妹の世話も料理も掃除も洗濯も動物のえさやりもすべてします。私たちが訪ねた日、彼女は制服を着ていましたが、裸足でした。「自分の靴はもっていない」のだそうです。栄養不足と劣悪な衛生環境ゆえ彼女は最近、2度も腸チフスにかかりました。
現奨学生の生活
奨学金で学校に通うチヴチューイ(10歳)は4年生。6人きょうだいの3番目です。両親は農作業の日雇い労働者ですが、収穫時期が終わると仕事を見つけるのが大変で、収入の無いときは食べ物も十分にありません。チヴチューイの日課は水汲み、家の掃除、牛の世話、幼いきょうだいの面倒も見ます。休日は木を運んで煮炊き用の薪にします。お姉さんは遠距離にある繊維工場に勤めて、家計を助けています。それでも、食べ物がなくなると、祖父母や隣人からお金やお米を借ります。
チヴチューイの得意科目は国語。「将来、警察官になりたい」と夢を語りました。