ミャンマー事務所レポート④ 遠く貧しい村の中学校の先生になって

私の名前はワーワーです。

親の希望でエンジニアになるために工科大学へ通いましたが、興味がぜんぜんないのでやめて、先生になるための教育短大へ2年間通いました。

 

ワーワーさん

<学校の前で>

 

先生として初めて中学校に行ったときはドキドキしました。

勤務する学校へ下見に行ってみたら、小さい村だったので、面白そうだと感じました。

 

ただ、その村に行くには船に乗らなければならず、また、町から遠いので、日帰りはできないということと船が1日1便しかないこと、さらに船に乗るには川の水の状況を確認しなければならないとわかり、その点は心配でした。

 

その学校は校長先生と私を含めて先生が3人だけの小さな中学校でした。村では校長先生が住む家を用意してくれました。

学校では2年生15名を教えることになりました。彼らの身なりは貧しいですが、勉強に興味があるということは、彼らの瞳を見てすぐに分かりました。

 

時々、町に戻ります。町から村へ行くのに小さい船で片道2時間。

水が少ない乾季には船は運航しないので歩いていかなげればなりません。

途中、お墓があり、蛇などもたくさんいますが、村の入り口で子どもたちが待っているのが見えたら、疲れも心配もあっという間に吹き飛んでしまいます。

村には電気もないし、明日の生活さえ心配しなければならないほど貧しいのです。

 

だからこそ、子供たちの将来のために先生として一生懸命に教えようと思います。

 

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民際センター編集部
「公益財団法人民際センター」は日本生まれの国際協力教育NGOです。世界の子どもたちが中学校に通えるよう教育支援をしています。

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