日本民際交流センター 日本語 ENGLISH
日本民際交流センターはタイ・ラオス・カンボジアの子どもの就学の夢を叶えるダルニー奨学金を運営している、国際協力NGOです。 皆さんの年1万円で1人の子どもの人生を変えることができます。
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2008.02.15
佐藤詩織さん vol.2(タイの子どもを支援)
2007年11月、私は民際のタイ研修旅行に参加した。私達一行が訪れたウドンターニー県タリンチャン村は一見恵まれているように感じられた。特に私が宿泊させてもらった家には古い型ではあったが電化製品もあり、また、村の歓迎会では、美しい衣装を着た子ども達が踊りを披露し、ご飯におかずが3〜4品と私の予想よりもずっと良い食事が出た。「本当に奨学金は必要なのか?」ふと疑問が頭をよぎった。しかし、2泊3日と言う短い期間ではあるが村人と生活を共にし、村の本当の姿を垣間見ることが出来た時、その疑問は解決された。


私が支援する奨学生・Lee君と。「3年前に支援し始めた頃はすごく小さかったのに、いつの間にか私より背が高くなっていました。『どっちが奨学生か分からない』と他の研修旅行参加者に笑われました。」
村で実際に奨学金を受けている子どもの家を訪れた時であった。村の一面だけを見て「なぁんだ、意外とそんなに貧しくないんだ」と思っていた私はショックを受けた。その子の家は、私達が泊めてもらっていた家とは違い、小さくて今にも壊れそうな簡易な小屋だった。自分達の手で建てたのであろうその家は、6畳あるかないかくらいのサイズで、屋根と壁こそあったものの、いたるところに隙間が空いていた。家の中は見せてもらわなかったが、電化製品など到底なさそうだった。私達の宿泊を受け入れてくれていた家は奨学生の家ではなく、村の中でも「状態の良い」家、つまり、来客が滞在できるように2部屋以上あり、電気も通っている家であったのだ。日本人ドナーが短期間といっても民泊できるようにとタイ事務局が交渉・調整してくれた家だと後でわかった。一方、奨学生たちの家はそれとは程遠いもので、一間のみの小さなものである場合が多く、壁も満足にない家もあるそうだ。

また、こんなこともあった。初日の昼食中、私は何も考えずに「好きな食べ物は何?」と私が支援する奨学生のLee君に聞いた。「...お米。」Lee君からは予想外の答えが返ってきた。よくよく聞くと、普段はお米しか食べるものがないらしい。村で私達が食べていた食事は、決して村人がいつも食べる食事ではなく、研修旅行参加費からタイ事務局のスタッフが買出しをして私達のために特別に作ってくれていたものだそうだ。申し訳なかったし、自分がいかに恵まれていることを当たり前だと思っていたかに気づき、反省した。私の質問でLee君に惨めな思いをさせてしまったのではないかと心配にもなった。

村に着いてしばらくして『村に私と同い年くらいの若者がいない!』と言うことに気が付いた。「お兄さんは町に働きに行ってるんだ。」小さな子が教えてくれた。現在では、長年に渡る民際の活動の結果、村でも教育の大切さは充分に理解されるようになり、6〜7割の生徒が高校進学を果たすそうだ。しかし、高校卒業後は工場労働者として出稼ぎする子が多いそうだ。その子のお兄さんの職業は『現場労働者』。村はそんな彼らの出稼ぎに随分と支えられているのだろう。

また、ボランティアの通訳さんがこんな話をしてくれた。出稼ぎに出る者が増え、村に電化製品が入ってくると、村人にとってそれは憧れの的となる。ある家にテレビが来ると、そんな余裕はないはずなのに、皆がテレビを買うそうだ。だが、村に残っている彼ら、出稼ぎに出た者の親世代の多くは貧しく充分な教育を受けていないので、そのお金の計算がちゃんとできない。そうして気づかぬ間に借金をしてしまい、利子の仕組みも分かっていない彼らは借金を重ね、借金まみれになってしまうのだ。

歓迎会の華やかな踊り子の衣装も、実は村のものではないそうだ。私たちの訪問のためにわざわざ借りてきたものらしい。私たちは観光旅行ではなく研修旅行で来ているのだから、そんな無理して飾らなくてもいいのに、村の人たちは客人にいい所を見せようと一生懸命なのだ。そうした村の裏側にまだまだある貧しさが見えた時、私はなんだか急に胸が苦しくなった。

やはり、奨学金は必要なのだと思う。物質的には前よりずっと豊かになった村でも、まだ子ども達の置かれた環境は良いとは言えない。知らぬ間に借金をしてしまっていたり、出稼ぎのために家族がバラバラになっていたりするのが幸せなはずがない。これからの子ども達にはできるだけ教育を受けて、自分の才能を活かした仕事についてほしい。

研修旅行から帰国後、私は民際の20周年記念式典で日本に招かれた20年前の奨学生・ツェンチャイさんと会った。彼女は同じウドンターニー県の貧しい村の出身だが、ダルニー奨学金を得て高校を卒業し、故郷で教師になることを夢見て、働きながら大学に通い、中学校の教員になった。途中、工場労働者として出稼ぎに行ったり、臨時雇いの教師として働いたりしなければならかったそうだ。しかし、今は正規の教師として村の中学校で働けているし、数年後には故郷の学校に戻る予定だ。彼女は母校で貧しい子ども達の先生となることで、自身が教育で得たものを村の発展に役立てたいのだそうだ。

まだ村には仕事の需要がないから、奨学金を受けて勉強しても、当分の間はやはり出稼ぎに出なければならないかもしれない。でも、しっかり教育を受けた上での出稼ぎなら、いつか物質だけでなく、ツェンチャイさんがこれからしようとしているように、本当の意味で故郷の発展のためになるものを村に持ち帰れると思う。