
「日本ってどこにあるの?」と尋ねてきたヴィンに寄り添う吉田さん。ナーカーム小学校の校庭で。2005年10月
「“ヴィン”君のラオス語サインが今、手元にあります。『姓は分からない』と言いながらノートに書き残していった名前。自分では『9歳』と言う11歳の君は、40歳を過ぎて私が初めて授かった“息子”。
朝は鶏の鳴き声にせかされ、夜は宝石箱のような星空を眺めながら、水汲みをしている姿を思い浮かべます。元気で暮らしていますか。
人口千人余、平均年収約1,200円のナーカーム村。訪れて運良く、支援している君に会えました。小さいころ父母を病気で亡くし祖父ら7人と6畳間くらいの家で暮らしていましたね。手伝いは大変だけど、新品ノートで好きな算数、勉強していますか。ずっと眉間にしわを寄せていたけど『お母さんに会いたい』とポツリ。辛いこと多かったんだね。
村で私たちを待っていたのは花束を抱えた子どもたちのアーチでした。壁破れ全学年ぶち抜きの教室に響く元気な歌声でした。『サバイディー』と手を合わせてすれ違うたくさんの笑顔でした。ピカピカの制服や靴、鉛筆・・・。君たち奨学生に渡した品々も決して取り合ったりしない。みんな宝石のよう。
村を去る時、見送る小学生二百数十人の中に、親指を出して私に合図する君の姿が。その笑顔にこちらが励まされました。君の国はかつて戦乱に翻弄され今も多くの困難を抱えているといいます。君がラオスを、この星を救うかもしれない。二度と会えないかもしれないけど、遠くからずっと応援しています」