日本民際交流センター 日本語 ENGLISH
日本民際交流センターはタイ・ラオス・カンボジアの子どもの就学の夢を叶えるダルニー奨学金を運営している、国際協力NGOです。 皆さんの年1万円で1人の子どもの人生を変えることができます。
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スマトラ沖大地震及びインド洋津波被害支援報告 (2)
2005.10.20
スマトラ沖津波募金による被災児童支援活動について、当ウェブサイトとダルニー通信37号で報告させて頂きましたが、その後もタイ事務局で支援活動は続いていますので、第2回目の報告をさせていただきます。なお、今回の報告は、本年5月に生活クラブ事業連合の「スマトラ沖地震津波災害復興支援特別基金」からいただいた寄付に対する活動が主になっています。
タイ東北部・南部の子どもたち
50人に奨学金を提供
南部の学校には学校用機材や自転車等を贈呈
(ダルニー通信40号より)
1.タイ東北地方被災家族の子ども35人に奨学金
タイ地図
タイ東北地方のナコーンパノム県では、スマトラ沖津波による犠牲者が多数出ました。同県から南部のプーケット島やピピ島などに出稼ぎに出ていた人が多かったからです。ナコーンパノム県の県庁によると、スマトラ沖津波の2年前から、南部の建設現場に労働力を斡旋する会社が同県にやって来て、コメの収穫が終わった農閑期で仕事のない人たちを雇い始めました。例えば、津波が起きた日、同県のカームノコック村からは50名の出稼ぎ労働者がピ ピ島で働いており、皆、海岸に建てられた簡易住居(プレハブ)で寝ていたそうです。そして津波の後、生き残った者が死んだ仲間の遺体を村に運んだそうです。残された遺族のうち、両親が亡くなった子どもは親戚か祖父母の家に引き取られました。しかし、現金収入が少ない家庭が多く、特に祖父母に引き取られた家庭では、学校を辞めて働きに出ざるを得ない状況の子どもたちがたくさんいます。これらの子どもたち35人に奨学金が提供されました。
遺族の子ども(1)
遺族の子ども1
シッティチョーク(右)は12歳。ピピ島に出稼ぎに出ていたお母さんとお姉さんを津波で亡くしました。お父さんがバンコクに出稼ぎに出ており、建設現場で働いています。今、シッティチョークは祖父母、それに田んぼでコメを育てているおじさんと一緒に暮らしています。家族が生活していけるだけの収入しかなく、学校には行けないと思っていましたが、奨学金でようやく学校に通うことができました。
2.南部被災学校への寄付
写真
政府の発表によれば、タイ南部で津波の被害を受けた学校は22校で、そのうち建物が全壊した学校は5校、半壊の学校は4校です。被害を受けた学校は仮の校舎(プレハブ)を建て、机や椅子が流されてしまったので床に直接座るなどして授業を行っていますが、テレビなどは水浸しで使えません。そこで、EDFは以下の通り、テレビやDVDプレーヤーなどの電気製品を寄贈しました。
● バンタブラム校(Ban Tub La Mu School)
奨学金15人分、DVDプレーヤー1台、通学用の自転車15台、飲料水用タンク1台、21インチのテレビ1台を寄付
● バンバンモン校(Ban Bang Mong School)
コンピューター1台、21インチのテレビ1台、DVDプレーヤー1台、飲料水用タンク2台、冷蔵庫1台
遺族の子ども(2)
遺族の子ども2
2年前、両親がピピ島に出稼ぎに行きはじめ、子ども2人の面倒を見るお祖母さんにきちんと仕送りをしていました。津波が起こったときも両親はピピ島で働いていました。その後、両親の消息はありません。お祖母さんは田んぼを持っていますが、コメを作る力はもうありません。どのように2人の面倒を見るか、途方にくれていました。しかし、奨学金のおかげで、学校に通うことになり、とても感謝しています。